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名古屋高等裁判所 昭和56年(ツ)8号 判決 1982年2月17日

上告人 林茂男

被上告人 小林美智雄

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告理由第一点について

しかし、本件において被上告人が上告人に対し被上告人主張の求償金債権及びこれが利息債権を有することについては、原判決はその理由説示第一項において明確に理由を示してこれを認定判示しているのであり、その間に説明の喰違いもないから、この点につき原判決に「理由ヲ附セス又ハ理由ニ齟齬アルトキ」の違法がある、とする論旨は失当である(なお論旨は、原判決がその認定に供した証拠の一たる甲第二号証の成立を争いがないと判示したことを非難するが、本件記録、就中第一審の書証目録の記載に徴しても、右の判示に何らの違法も認められない。)。

上告理由第二点について

憲法三二条は、すべて国民は憲法又は法律に定められた裁判所において裁判を受ける権利を有し、反面裁判所以外の機関によつて裁判をされることはないことを保障したものであるから、右前者に際し裁判所がその裁判を行うこと自体を拒絶したような場合はともかく、上告人主張の具体的訴訟事件における期日延期(変更)申請の許否の如き裁判所の訴訟指揮の適否の問題は、民事訴訟法の規定するところに則つて解決されるべき事柄であり、未だ憲法三二条にかかわりはない。従つて、原審が上告人の期日延期(変更)申請を却下したからといつて、憲法三二条に違反することにはならない。論旨は採用することができない。

上告理由第三点について

まず、弁護士付添命令の点についてみるに、原審の昭和五四年四月一八日第六回口頭弁論調書及び上告人作成の昭和五五年九月二二日付事務連絡についてと題する書面並びに後記認定の原審口頭弁論手続の経過に鑑みれば、原審は上告人に対し訴訟代理人の選任を勧告したことは窺われるが、民事訴訟法一三五条一、二項に基づく弁護士の付添を命じたことを認めるべき何らの証跡も存しない。従つて、原審に、弁論能力を有する者に対し弁護士の付添を命じた違法は存しない。

次に、訴訟手続中止の点について検討するに、本件記録によれば、上告人は、原審において、昭和五三年三月から同年一二月の間に行われた第一回ないし第四回口頭弁論にはいずれも出頭して訴訟行為をなし、又その間に行われた和解期日にも出頭したが、(1) 昭和五四年二月二一日の第五回口頭弁論期日に対し、事前に「腰部・両膝関節挫傷、両手打撲による拘縮のため向二か月の安静加療を要す。」との診断書を添えて右期日変更申立をなしたこと、(2) 同年四月一八日の第六回口頭弁論期日には出頭し、同日法廷において訴訟代理人選任のためとの理由で右期日延期申立をしたこと、(3) 同年六月二〇日の第七回口頭弁論期日にも出頭し、立証行為をしたこと、(4) 同年一〇月二六日に予定されていた口頭弁論期日に対し、事前に前記(1) と同趣旨の診断書を添えて右期日変更申立をなしたこと、(5) 昭和五五年二月六日の第八回口頭弁論期日に対し、事前に「左膝窩動脈閉塞、左下肢血行障害のため昭和五四年一一月一九日入院加療中にして、昭和五五年一月九日以後二カ月間歩行外出などを禁止する。」との診断書を添えて右期日変更申立をなしたこと、(6) 同年四月二三日の第九回口頭弁論期日に対し、事前に「左膝窩動脈閉塞症のため入院、昭和五五年二月一四日手術施行、尚約二カ月の安静加療を要する見込みである。」との診断書を添えて右期日変更申立をなしたこと、(7) 同年七月一六日の第一〇回口頭弁論期日に対し、事前に「左下肢膝窩動脈閉塞症のため入院加療中であるが、尚後約二カ月の安静加療を要する見込みである。」との診断書を添えて右期日変更申立をなしたこと、原審は上告人の右(1) (2) 及び(4) ないし(7) の各申立をいずれも許可したが、昭和五五年九月二四日の第一一回口頭弁論期日に対し、上告人から同月二二日付書面により同月一九日付の「左下肢動脈閉塞症のため入院加療後、通院にて加療中である。尚潰瘍が難治にて約二カ月の安静加療を要することを認める。」との診断書を添えてなされた右期日変更申立は、これを却下したこと、次いで原審は、同年一一月二六日の第一二回口頭弁論期日において弁論を終結し、昭和五六年二月二五日の第一三回口頭弁論期日において判決を言渡したこと、上告人は右口頭弁論終結後の昭和五五年一二月九日左下腿切断手術を受けたこと、以上の各事実を認めることができる。

上告人は、以上の経緯を踏まえて、原審が当事者の故障による訴訟手続中止の措置を執らなかつたのは民事訴訟法二二一条一項違背であると主張するところ、確かに右期間の頃上告人に不定期間の故障が存したことは事実であるが、しかし裁判所がこれにつき中止命令を発するか否かは、右故障に因る手続続行の不可能性の有無その他当該訴訟の全状況をみて裁判所が裁量的に決することであるから、それが違法となるのは、右裁量が裁量権の範囲を超えたような場合に限られるものというべきである。

従つて、右故障が病気の場合についていえば、例えば当事者が重症の伝染病に罹患して隔離され、本人の訴訟行為はもとより、裁判所や弁護士等とも長期間連絡もとれぬようなときに、裁判所が、他に特段の合理的理由もないのに、手続中止ないしこれに準ずる措置(期日の変更許可又は追而指定など)を執らずに敢えて訴訟手続を強行したような場合には違法の問題が生ずる余地があるけれども、本件の場合には、上告人の受傷は不幸な出来事ではあるが、原審もこれを容れて昭和五四年二月以降翌五五年七月まで(上告人が出頭して立証行為をした一回を除き)約一年五か月の間六回にわたり期日変更ないし延期の措置を執つているのみならず、上告人はその間も弁護士を依頼する余地があつたのであり(現に上告人自身も前記(2) の期日にこれに触れているし、又費用の点については訴訟救助や法律扶助の制度を利用することができる。)、仮に資力の点で弁護士を依頼できなくとも、上告人が左下腿切断の手術を受けたのは弁論終結後であつて、期日変更申請が却下され又は弁論が終結された昭和五五年九月ないし一一月頃には前記のとおり上告人は通院中であつたのであるから、その病状からみて相当困難があつたとはいえ、当時上告人において訴訟行為を行うことが社会通念上不可能又は著しく困難であつたとまでは未だ認め難く、加うるに原審の訴訟手続が一応の主張・立証のあつた第一審に対する控訴審の手続であり、且つ上告人の原審における訴訟行為も存することを併せ考えると、原審が、前叙のように昭和五五年九月ないし一一月に至り期日変更申請を却下し、弁論を終結し、結局上告人のいう訴訟手続中止の措置を執らなかつたとしても、これをもつて裁量権の逸脱等と目すことはできず、原審の措置に違法のかどはない。論旨は採用できない。

以上のとおり、本件上告理由はいずれも理由がないので、民事訴訟法四〇一条、九五条、八九条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判官 小谷卓男 浅野達男 寺本栄一)

上告の理由書

岐阜県土岐市土岐津町土岐口二〇八八番地の三

上告人 林茂男

同市泉町定林寺七六番地

被上告人 小村美智雄

右当事者間の岐阜地方裁判所上告受理番号昭和五六年(レツ)第二号求償金請求上告事件につき上告人は左記の通り上告の理由を陳述する。

昭和五六年四月二〇日

右上告人 林茂男

名古屋高等裁判所 御中

一 本件事件の概要

(一) 被上告人は、上告人と訴外パイオニア株式会社と訴外株式会社セントラルフアイナンス(以下、訴外会社という)との商品販売並びに保証契約に基づき訴外会社が有する求償債権に対し、被上告人が連帯保証を為し、それを実行したとして被上告人は上告人に対し、求償金請求の訴えを多治見簡易裁判所に提起し、同庁昭和五二年(ハ)第三三号事件をもつて審理を受けたものである。

然しながら、上告人は被上告人より右の如き請求を受ける事実が存しないため、右訴えに対し応訴し争つたのであるが、上告人の主張は聞き入れられず、昭和五二年一二月二七日上告人敗訴の判決が為されたのである。

(二) よつて、上告人は、右判決を不服として岐阜地方裁判所に対し控訴を為し、同庁昭和五三年(レ)第三号事件として争つたのであるが、前記同様上告人の主張は聞き入れられず、昭和五六年二月二五日上告人敗訴の判決が言渡されたのである。

右判決が原審判決である。

(三) 上告人は、第一、二審ともその主張として、

<1> 上告人は、求償債権の発生原因となつている訴外会社との契約は一切知らない。

<2> 仮りに、右主張が聞き入れられないとしても上告人は被上告人に対し、被上告人が上告人に対し振出した手形上の反対債権を有しているため、その債権において相殺する。

との主張を為してきたものである。

(四) ところが、上告人は控訴審である昭和五二年一〇月二六日、事故により左下肢膝窩動脈閉塞症を起こし、その症状は悪化し、切断手術をせねばならない状態となつたのである。

右のような状況下において、控訴審は上告人の再三の期日延期申請を聞き入れず、口頭弁論を上告人欠席のまま強行し、昭和五六年二月二五日判決を言渡したものである。

以上が本件事件の現在までの概要である。

二 不服とする点

(一) 原審判決は、民事訴訟法第三九五条第一項第六号に該当するものである。

1 前述の通り、上告人は被上告人が主張する本件求償債権の発生原因となつた訴外会社との契約を争うものである。

然しながら、その事実関係、人間関係が複雑であるため被上告人の立証に対し、反証する事が困難なため、被上告人は仮抗弁として被上告人に対し、反対債権ありとして、その債権において相殺する旨の主張を為したものであつて、上告人は被上告人の求償債権そのものも争うものであり、その点につき、上告人は第一、二審とも右の如く主張を為してきたものである。

よつて、上告人としては、相殺の主張が聞き入れられない状況となれば困難であつても前記主張の立証を為すべく準備を為していたものである。

よつて、上告人が訴外会社との契約を不知として争つている以上、被上告人としては右契約の存在並びに有効なる事実を立証する責任を有するものであり、原審裁判所は右契約の存在並びに有効なることを判断して判決を為す義務を有するものである。

然るに、原審裁判所はその点の有無を判断せず、ばく然と被上告人の主張立証をうのみにし、且つ、上告人にその反論反証の機会を与えず、上告人が主債務者、被上告人が連帯保証人なる被上告人主張の契約が存したことを前提として判決を為している。

しかも、上告人が甲第二号証の成立を認めたとして判決を為している。

上告人は、第一審並びに原審においても甲第二号証の成立を認めていないものである。 よつて、上告人の争いの有する部分を争いなしとし、且つ、上告人が主債務者、被上告人が連帯保証人なる事実の存在の判断をせずして為した原判決は、民事訴訟法第三九五条第一項第六号にいうところの「判決に理由を附せず又は理由に齟齬あるとき」に該当するものであり、原審判決は棄却せられるものである。

(二) 原審判決は憲法第三二条に違反するものである。

(1)  前述した通り、上告人は原審裁判所に対し、再三に亘り期日延期申請を願つたものである。

右は前述の通り事故を起こし、左足切断手術を為さなければならない状態にあつたため止むを得ず願つたものである。

(2)  民事訴訟法においては、裁判は当事者自身が為すを原則とするものであり、そのため正当な理由により止むを得ず口頭弁論に出席できない場合は、之が期日の延期申請願いを申し出る権利を有しているものである。

然るに、原審裁判所は昭和五五年七月一七日「若し上告人自身が出頭できないような場合は代理人を選任するよう」との趣旨の事務連絡の書面を上告人に送付し、上告人が代理人を選任せず、期日の延期願いを申請するや、口頭弁論を強行し判決を為しているものである。

自己の足を切断される手術を必要とする状態において、上告人が裁判所に出頭できないのは当然であり、且つ、弁護士選任についても金の必要なことであり、又、その選任には準備を必要とするものである。

病院において手術を受けている状況下にある者に対し、右の行為を強いるのは論外の行為であり、そのことを為さないからとして口頭弁論を強行するは、上告人の反証反論の機会を奪つたものであり、上告人の裁判を受ける権利を奪つたものである。

よつて、原判決は憲法第三二条に違反するものであるから棄却をまぬがれないものである。

(三) 原判決は、民事訴訟法第一三五条第二項、同法第二二一条第一項に違背するものである。

(1)  前述の通り、上告人は左足切断という、一般人が一生に一度たりとも味わうことのない肉体的精神的苦痛を原審裁判審理中に味わつていたものであり、右状況下においては、原審、裁判所は民事訴訟法第二二一条第一項で示すところの当事者の故障による中止を命ずるべきである。

然るに、原審裁判所はそれを為さず、上告人に対し「弁護士を選任するよう」通知を為したものである。

裁判所が当事者に弁護士を選任するよう命ずることができるのは、民事訴訟法第一三五条第二項で示すところの弁論能力を欠く者に対してのみであり、本件の場合、上告人は弁論能力を欠くものではなく、よつて、原審裁判所があえて上告人に対し、弁護人選任を強要し選任しないからとして、口頭弁論を強行し判決を為したのは、民事訴訟法第一三五条第二項、同法第二二一条第一項に違背するものである。

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